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Last Updated 2000/11/12

学会リポート008

関西平安文学会第29回例会


日  時 ■ 2000年11月11日(土)

会  場 ■ 神戸松蔭女子学院大学213教室

特派員 ■ 毛利美穂(「比較文学する研究会」管理人)


11月に入ると、めっきり寒くなった。
会場である神戸松蔭女子学院大学には過去何度か足を運んでいるが、神戸特有のあの坂を登り切った後もさわやかな気持ちのままでいられるのは、やはりこの季節だからだろう。
今回は、珍しく院生の発表がない。私立大では入試シーズンなのか来聴者の方も比較的少ないようだが、会場はおおいに盛り上がりを見せたのではないだろうか。
さて、研究発表のプログラムは以下の通りである。


  • 源氏物語宇治十帖の本文 ――別本の待遇表現法を中心にして――
    (中村 一夫)
  • 稲荷詣の道
    (加納 重文)
  • 誹諧歌の本性をめぐって
    (上條 彰次)

中村一夫氏の発表を紹介しよう。

サブタイトルに「別本の待遇表現法を中心にして」とあるように、『源氏物語』の中でも通称第3部に位置づけられる「宇治十帖」の部分の別本を、待遇表現法から考察していったものである。現在流布している(主流となっている)大島本を中心とした本文研究ではなく、諸伝本(別本)を中心に据えての内容考察であり、あくまでも別本の表現を尊重して、そこにどのような論理による世界観が描かれているかを見ていくものである。これは最近盛んに行われている、物語享受という視点をからめての論であろう。氏が別本として取り上げているのは、保坂本である。論は、この保坂本と大島本の比較検証が主となっている。

ここでは細かく例文を挙げないが、保坂本と大島本とを比較検証した場合、保坂本の方がより人物像および人間関係がわかるように描かれているということである。大島本がおしなべて宇治の姫君(大君・中君)たちを際立たせているのに対し、保坂本では主体となる登場人物の心情や場面により、巧みに待遇表現法が用いられ、その場面における両者の関係をわかりやすくしているというのである。

待遇表現の意味するところはなにか。氏は、時枝誠記氏の説を引用している。

敬語が敬意の表現でないとしたならば、その本質は何処にあるかと言ふならば、私の結論を先に言へば、右列挙した所謂敬語の名詞動詞の如きは、実は敬意の表現ではなくして、事物のありかたに対する特殊なる把握の表現であると考える
(時枝誠記「場面と敬辞法との機能的関係について」『文法・文章論』1975)
(下線・報告者)
すなわち敬語とは表現主体の主観に左右されるものであり、これを別本における各享受者・書写者の主観というのではなく「登場人物の主観」として発表者はとらえている。

待遇表現法によって登場人物に対する印象も、大島本とは大きく異なる。例としては、宇治の八宮である。大島本では、都を離れ、宇治でひっそりと暮らすあわれな人物であるが、保坂本ではあわれさが払拭され、まことに威厳のある、そして姫君たちを思う立派な人物として描かれているのである。例としては、「橋姫」巻の「猶世人になすらふ御心つかひをし給ひていとかくみくるしくたつきなき宮のうちもをのつからもてなさるゝわさもやと…」の下線部分が保坂本では取り入れられていないことなどである。ここに享受者・書写者による本文解釈の一端が窺がえ、特に保坂本においてはその解釈が一貫しているという。

もちろん、大島本に代表されるように、現在主流となっている主たる本文のごとく作品全体にみられる一貫性をそのまま別本にもってくることはできないが、各巻ごとに見ていく場合、どこに中心が置かれているかは別本の方がわかりやすい。

 ただ、このような発表を聞くと不安な部分も出てくる。確かに、物語享受の点からいえば、別本の表現は、どのように物語が読まれてきたか、どのような場面に後世の人々が興味を持ち、どの人物を中心に据えていたかを知る手がかりとはなろう。しかし、近年の『源氏物語』はいわゆる各巻だけを取り上げての研究が多く、それが一貫した物語にどのような役割を果たすのかについては言及されていないようにみえる。確かに『源氏物語』は各巻を取り出しても充分に読み応えのある作品であるが、全体を通して見なければ理解できない部分もある。したがって、発表者にも、各巻ごとの考察ではなく、いずれ作品全体を通しての別本研究を行ってもらいたい。以前、中古文学会にて「若紫」巻の別本考察を行ったというのだから、今後の結果を楽しみにしておこう。


充実した研究発表であった。


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