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Last Updated 2000/6/10

学会リポート005

関西平安文学会 第27回例会


日  時 ■ 2000年6月3日(土) 14:00〜

会  場 ■ 大阪成蹊女子短期大学

特派員 ■ 毛利美穂(「比較文学する研究会」管理人)


研究発表は以下のとおりである。

  • 枕草子本文の写本性 ――前田家本を中心に――
    (関西大学(院) ・ 磯山 直子)
  • 『我身にたどる姫君』の歴史物語的性格
    (大阪市立大学 ・ 金光 桂子)
  • 『源氏物語』空蝉巻の巻末歌
    (高木 和子)

当日は梅雨前の曇り空だったので、暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい気候だった。報告者はあいにくと風邪をひいており、ガンガンとどこかに打ち付けられたような頭と、火照る顔で出席したが、会場の空調具合が絶妙で落ち着いて聴講できた。

今回、興味深かったのは、最後の高木氏の発表「『源氏物語』空蝉巻の巻末歌」。

空蝉巻の巻末歌というのは、方違えの際の見た紀伊の守の北の方と一夜を過ごした源氏が、再会を求めて忍んでいくが、北の方はその気配を察知してそっと寝所から抜け出し、後に残された北の方の継娘(紀伊の守の娘)となりゆきで関係を結び、そのとき、北の方の残した衣を持ちかえって(北の方を「空蝉」というのはこれからくる)、その後文を送るという場面に登場する歌である。

源氏の歌に対して、空蝉は、次のように歌を返す。

つれなき人もさこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながらのわが身ならばと、とり返すものならねど、忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、
  空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖かな
 この巻末歌については、従来、3つの説がある。

  1. 源氏物語のオリジナル   
  2. 古歌   
  3. 伊勢集の歌

この内、2・3が一般的だ。

もしこの巻末歌が古歌によるものならば、その古歌によって空蝉のエピソードが生まれてきたとも考えられる。発想の原拠としての古歌の存在を、南北朝時代の『源氏物語』注釈である『河海抄』には指摘している。なるほど、古歌を原拠として成立したものとしては『伊勢物語』や『大和物語』などの歌物語が挙げられるだろう。しかし、気をつけなければならないのは、『源氏物語』は歌物語ではないということだ。

また、空蝉の巻末歌は、いわゆる手習い歌の形をとっている。手習い歌のテキストになるのは、確かにたいてい古歌を含んでいる。だから古歌によるのだというのは、言いがたい。なぜなら、『源氏物語』では、〔手習い=古歌〕の構図が見えてこないからだ。すなわち、このことから、古歌そのものがエピソードになるのではなく、その歌に触発されてのオリジナルとも考えられるわけである。

では、空蝉の巻末歌を『源氏物語』のオリジナルと考えてみよう。

すると、なぜ、オリジナルのものが伊勢集に入ってくるのかという問題がある。3の「伊勢集の歌」は、伊勢集に入っていることからの説なのである。

発表者によると、それは、伊勢集が『源氏物語』の歌をそれ以前の古歌として認識して入れものと考える。確かに、伊勢集には古歌が多くとられているので、一概に〔伊勢→源氏物語〕を否定できないし、桐壺巻において伊勢集との関係は重要であった。とはいえ、空蝉の巻末歌がまったくのオリジナルの歌ではないとは言いきれないし、また、伊勢の歌とも言いきれない。さらに、古歌とも言いきれない。

発表者は、空蝉の巻末歌を、独立歌としてみるべきかと言っていた。


充実した研究発表であった。


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