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Updated 2004/1/8
紫式部が『源氏物語』を執筆してからちょうど千年という節目に、東映が豪華キャストで描く王朝絵巻ロマン、「千年の恋 ひかる源氏物語」(2001)。堀川とんこう、初監督作品。脚本、早坂暁。出演は、吉永小百合(紫式部)、天海祐希(光源氏)、風間トオル(頭中将)、風間杜夫(十条帝)、かたせ梨乃(大后)、加藤武(右大臣)、岸田今日子(源典侍)、高島礼子(藤壺中宮/桐壺更衣)、竹下景子(六条御息所)、竹中直人(明石の入道)、常盤貴子(紫の上)、片岡鶴太郎(絵師)、渡辺謙(藤原道長/藤原宣孝)ほか。
『源氏物語』の映画ではなく、作者である紫式部の物語と、彼女が描く源氏の物語を交錯させ、すべての時代に生きる女性たちへのメッセージを込める。光源氏には、中性的な、平安時代の美意識による男性像を求めて、元宝塚男役の天海祐希を起用。壮麗な美術と豪華絢爛な衣装に加え、最新デジタル技術によって幽玄の世界が浮かび上がる。
今より千年前、紫式部は、夫・宣孝の死後、宮中の藤原道長の頼みで、道長の娘・彰子の教育係として京の都にやって来る。式部の文才が見込まれたのだ。亡き夫の面影を道長に重ねつつ、后候補ながらもまだ幼い彰子の教育のために、式部は自らが書き進めていた一つの物語を語る。『源氏物語』と題されたその物語の主人公は桐壺帝の子・光源氏。 容姿端麗にして武芸に秀でている源氏は何不自由のない生活を送っていたが、継母である藤壺中宮への禁断の恋心に苦悩もしていた。その源氏の恋と苦悩を語りながら、式部は入内を控えた彰子に説く。男女の愛がどのようなものなのか、男の愛とはなにか、そして女の愛とは…。
とんこう源氏では、須磨で終わらず、源氏の最晩年を描く「幻」巻まで描いており、作者・式部の人生をからめて『源氏物語』の成立過程・存在意義を描き出すなど、斬新な構成も見られる。また、まるで絵巻のような構図から、宮中の深部へとカメラがズームアップしていくそのカメラワークは、式部のいる現実世界から物語世界へのスムーズな移行の手助けとなるばかりでなく、絵巻的王朝美を堪能させてくれよう。他にも、緻密に計算された当時の住宅様式は、一見の価値アリでしょう。
このような、式部を中心に据えた視点は、『紫式部日記』や、近年(2000年)に刊行されたライザ・ダルビー著『紫式部物語』などの影響を、つい考えてしまう。『紫式部物語』刊行に際してのダルビー氏の講演を聞きにいったので、余計にそう思えてしまうのかもしれませんね。内容的には田辺聖子著『新源氏物語』や寂聴源氏などを髣髴とさせるが、平安時代と現代では考え方もなにもかもが異なることを前提に、物語を通じて平安に生きた人々の美意識をよみとり、自らの豊かさにかえるという従来の鑑賞にはない、現代の価値観をそのまま平安に当てはめる方法からは、これまで何度も映像化されている『源氏物語』を、実にユニークな視点でとらえていることがうかがえ、この映画のエンターテイメント性を示しているのではないでしょうか。
実にユニークです。ギャグですね。
キャストについては、男優だと生々しくなるところを、天海祐希でさらっと流しているのがいいですね。彼女のヅカ時代を知っているけれど、当時と比べると、やはり少し「オトナの色気」が出てきたのではないでしょうか。平安時代の美の基準は、男も女も同じでしたし、源氏などは頭中将に「これが女だったら、むしゃぶりつくのに」(注:こんなセリフではありませんよ)的発言をしていることからもわかるように、女性のように美しいことが、すなわち男としても美しかったわけです。厳密に言えば、頭中将は男性的なタイプ(ををし)として描かれていますが、それはそれでモテていたので、女性的な美だけではないのですが。
また、彰子役の水橋貴己がとても清潔感あふれていて、よかったです。彼女は新人ですよね。この先も、期待してます。
その一方で、女優陣の脱ぎっぷりのよさには、思わずびっくりしました。汚れ役の経験のある女優ばかりなので、そりゃもう、「これはR指定?」とか思ってしまうほどの体当たりの演技というかなんというか、ともかくすごかったです。でも、一番の衝撃だったのが、老いさらばえた源氏の登場。あれは、演出上しかたのないことなんだろうけど、源氏は老いても美老人でなければならないと思うので、あの姿は、自分の中では受け入れ難い映像でしたね。
内容はギャグなので、別になんでもアリとは思いますが。
納得がいかなかったのが、どうして「藤壺とのことをみんなは知っている?」ということです。
実に納得がいかない。源氏の苦悩が半減された感じです。
これもいわゆる、斬新な解釈というわけですかね。
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