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Updated 2003/7/26
東宝映画1000本を記念して公開された、「日本誕生」(1959)。監督は、「無法松の一生」(1958)で監督・演出・脚本を手がけたベテラン、稲垣浩。出演は、三船敏郎、司葉子、中村鴈治郎(2代目)、宝田明、久保明、 平田昭彦、伊豆肇、東野英治郎、田中絹代、杉村春子、志村喬、鶴田浩二、香川京子、原節子、小林桂樹、乙羽信子、榎本健一、有島一郎、三木のり平、沢村いき雄ほか、当時の東宝を代表する有名俳優が勢ぞろい。
大和国の皇子・小碓命(三船敏郎)は、力強く、そして慈愛にあふれた人物として、民に慕われていた。 語り部の媼(杉村春子)の語る大和の神話を聞きながら、民は、そこに登場する雄々しい須佐之男命(三船敏郎・二役)と小碓命を重ね合わせるのだった。ある日、景行天皇(中村鴈治郎)から熊曽族の征伐を命じられた小碓命は、 勝利を祈願するために叔母である伊勢の斎宮・倭姫(田中絹代)の元に行き、そこで弟橘姫(司葉子)という美しい巫女を見つける。弟橘姫と再び会うことを心に誓い、姫の呪力の助けで熊曽族の王、熊曽建(クマソタケル・志村喬)を討ち果たした小碓命は、和平を望むその弟・熊曽建(鶴田浩二)をも討ち、倭建命(ヤマトタケルノミコト)の名を与えられる。意気揚々と帰還した倭建命だが、姫は巫女として倭姫の命令に従わなければならず、自分を受け入れてはくれなかった。その頃、宮中では、大伴建日連(東野英治郎)たちによって、倭建命とその兄・大碓命(伊豆肇)との争いが利用され、倭建命を陥れようとする陰謀が渦巻いていた。弟橘姫との愛、大伴氏との争い、民との結束とそして死……翻弄される倭建命の生き様と、神話の英雄・須佐之男命の生き様とが交錯する。
古事記に材を採り、神代の物語と景行天皇の時代とを織り交ぜながら描く。カラー・シネスコ合成機“バーサタイル・プロセス”が初めて使用されたこの作品は、日本映画技術賞を受賞。
とにかく豪華キャスト。原節子が天照大神として登場し、乙羽信子が天宇受女命を、そして八百万の神々として榎本健一、有島一郎、三木のり平らが賑やかに高天原(天上世界)を描く。特技監督として円谷英二が参加しているのも、楽しい。CGなどが発達した現在の目から見ると、ほほえましい限りの特撮であるが、当時としてみれば、あのヤマタノオロチ退治をよくぞここまで描いたものだと、感心する。(確かに、笑ってしまうのだが)
内容も、当時の学説が反映していることが窺える。天地開闢のシーンは、特にそう感じる。伊邪那岐(脇田博行)と伊邪那美(村松恵子)が虹をわたって降りてくるシーンや、出雲(島根県)にある加賀の隠戸を連想させる天御柱、天の岩戸シーンでは、そりゃぁ天照大神(太陽)が隠れたら寒いだろうなー、などと、なかなか楽しめる。倭建命と須佐之男命の融合なんてものも、そうだろうなぁーという感じだ。しかし、やたらと倭建命が「いいひと」だったのが、びっくり。
3時間もの長編だけれど、飽きがこない。三船敏郎が男っぽくて剛健な存在だからか、熊曽建(弟)役の鶴田浩二のイイ男ぶりが、妙に目にやきつく。任侠モノのイメージが強いからなのか、それとも三船がゴツイからなのか、はたまたメイクと衣装のマジックなのか、「こんな優男が出てたのか」と、ちょっとびっくりしてしまった。
日本映画も、この時代のものは、女優の美しさにうっとりしてしまう。洋画でも同じ事がいえるけど、どうして昔の女優というのは、正統派美人が多いのだろうか。ものすごく目の保養になります。美の価値観が、時代によって変わったってことでしょうか。
そして最近、ふと「黒部の太陽」(1968)が見たくなっている。最近、石原裕次郎が前面に出て宣伝がなされているけど、主役は三船という、なんだかよくわからない映画だけど。年齢を重ねて渋みが出てきた三船の方が、なんだか好きだなぁ。
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