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Last Updated 2000/12/25

学会リポート009

日本アメリカ文学会例会


日  時 ■ 2000年11月18日(土)14:30〜

会  場 ■ 大手前大学 A31号室

特派員 ■ 毛利美穂(「比較文学する研究会」管理人)


2000年11月18日(土)日本アメリカ文学会例会(於大手前大学)が開催された。「アスタープレイスの騒乱の残響」と題しての辻本庸子氏(神戸市外国語大学)・小田敦子氏(三重大学)・橋本安央氏(追手門学院大学)によるシンポジウム形式の発表である。

1849年5月10日アメリカ・N.Y.のアスタープレイス・オペラハウスで起こった、イギリス人俳優マックレディとアメリカ人俳優フォレストの中傷合戦から始まったこの騒乱は、やがて労働者対貴族(支配階級)の問題に発展し、人々は平等の国アメリカにも階級が存在することに戸惑いを覚えることになる。この時、作家メルヴィルはマックレディ側に立つ。シンポジウムは、この騒乱がメルヴィルに与えた影響、そしてその重要性について近年立て続けに発表された緒論を受けて開催された。辻本氏の発表を中心に、その全容を紹介しよう。

「Redburnの場合」として、辻本氏は1849年執筆のこの作品をメルヴィルがなぜ酷評し切り捨てようとしたかに着目し、論を進めていった。「Redburn」は3部構成となっており、その第1・2部では主人公レッドバーンに共通した意識が窺える。突然の父の死によって船乗りとして生きていかなければならなくなったレッドバーンは、落ちぶれてもなお貴族性を保ちつづけていた。貧しい者を見るとそれを救えない自分もまた貧しいことを思い知らされるので、早く死んで欲しいと願う――この自らは手を下さないが、絶えず自分の過酷な現状を連想させる他者を抹殺し、それによって自分が救われるというこの心境は、レッドバーンの心がまだ貴族性を持っていたことがわかる。それは「どんなに貧しくても物乞いだけはしない」(Redburn212)の個所からも窺える。ところが、1849年6月5日以降に執筆された第3部ではハリー・ボートンの登場によってレッドバーンの意識が異なる。落ちぶれてもなお貴族性を保持する(これは以前のレッドバーンに見られた性質である)ハリーに対抗するようになるのである。第1・2部と第3部に見られる相違は、第3部がアスタープレイスの騒乱直後に書かれた個所であることを考えると、騒乱において図らずも民衆と敵対することとなり、民主主義というトラウマに直面したメルヴィルの苦悩が反映されているのではないだろうか。

「“Hawthorne and His Mosses”の‘Muster Genius’たち」として小田氏は、1850年のこのエッセーからメルヴィルの心境の変化を論じた。メルヴィルは確かに貴族性を持ち続けていたが、ホーソンによってアメリカ文学の自立性に目覚め、語られるものの背後に隠された暗闇の部分(真実)があることを知る。すなわち、辻本氏が論じた貴族性を持ちながらも、それ以上に個人の力を信じることにメルヴィルが気づいたことを1850年のエッセーから論じた。

「Billy Budd,Sailorの場合」として橋本氏は、独立宣言の息子である(それを象徴する)ビリー・バットと貴族階級を象徴するヴィアとの関係から、貴族と民衆という移行対立に父と子の主題を重ねあわせることで和解の形を見出したということを晩年のこの作品から見出した。

いずれもメルヴィルと民衆との関わり合いをめぐる問題を論じたものである。アスタープレイスの騒乱を契機として、作家メルヴィルの内にわき起こった葛藤等が作品に投影していることを各作品から窺うのは興味深いことである。民衆との関わり合いという点ともっと突き詰めていけば、さらなる発見があるかもしれない。


充実した研究発表であった。


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