比較文学する研究会
比較文学する研究会:研究者支援プログラム

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Last Updated 2000/1/1

学会リポート004

日本ヴァージニア・ウルフ協会 第19回全国大会


日  時 ■ 1999年11月6日(土) 午前9:50〜午後5:15

会  場 ■ 大手前女子大学文学部 D棟(アートセンター)03教室

特派員 ■ 毛利美穂(「比較文学する研究会」代表)


研究発表は以下のとおりである。

  • 『オーランドー』と性の解放
    (金城学院大学非常勤講師 ・ 加藤 明子)
  • ヴァージニア ウルフと‘life-writing’
    (大阪学院大学非常勤講師 ・ 森田 由利子)
  • ヴァージニア・ウルフの『波』にみられるウオルター・ペイターの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の影響
    (日本女子大学大学院博士課程後期 ・ 大畑 牧子)
  • SubjectivityとReality ――Virginia WoolfのMrs Dalloway
    Christa WolfのNachdenken uber Christa T. (The Quest for Christa T.)

    (Edinburgh大学大学院 ・ 中村 祐子)
  • ブルームズベリー・グループについて(その3)――先見性と保守性の間で
    (Mary MacCarthy, Leonard Woolf, Maynard Keynes を中心に)

    シンポジウム(御輿 哲也・坂本 公延・伊藤 裕子・夏目 隆)
  • ウルフが/を嫌った人たち
    特別講演(東京女子大学教授 ・ 北條 文緒)

研究発表はたいへん充実していた。日本文学を専攻する身としては、ヴァージニア・ウルフはけっして馴染みのある作家ではない。しかし、ジェンダーを取り上げる加藤明子氏の発表(『オーランドー』と性の解放)に興味を覚えて参加した。

主人公「オーランドー」は300年あまり生き、しかも男から女へと性転換した不思議な人物である。氏は、この『オーランドー』という作品を中心に、性概念の変化が社会・時代によって確立することを見ていったのであるが、ここで簡単にその発表を要約する。

「He」ではじまるオーランドーの物語は、まず、オーランドーの性別(男)が意識されている。男であるオーランドーは、男として生まれたからには男として生きていかなければ――と、先祖に倣って剣を振り回す。オーランドーが目指す「男らしさ」は、戦いに勝ち、征服し、そして獲得することである。

「...his manhood woke;he grasped a sword in his hand;he charged a more daring foe than Pole or Moor...」(Woolf,Orlando 28)

すなわち、権威・勲章・戦いなどに男のジェンダーを求めているのであり、オーランドーは好きになったサーシャに対しても、ポーランド人やムーア人を征服するような意識を持っていたのである。ところが、男であるオーランドーは、まだ自らのジェンダーをはっきりと意識はしていない。
オーランドーがジェンダーを意識するのは、女になってからである。自分は変っていないのに、周囲の人間の自分に対する扱いの変化によって強くジェンダーを感じたのだった。肉体的変化ではなく、スカートをはくことによって女になった自分を意識する、つまり、例えば服装がそうであるように、他人からどう見られるかによって性はそなわるのである。

「...women are not(judging by my own short experience of the sex)obedient,chaste,scented,and exquisitely apparelled by nature. They can only attain these graces,wihtout which they may enjoy none of the delights of life,by the most tedious discipline.」(Woolf,Orlando 110)

「女らしさ」というものは生まれながらではなく、後の訓練によって作られるといわれる。文化的・社会的・政治的な影響のもとで構築され変化するものなのである。その結果、ヴィクトリア朝において「性」は生殖行為のみに焦点があてられ、隠されたものとして意識されるようになったため、女は結婚して「家庭の天使(the Angle in the House)」にならざるえなかったのである。
規制でがんじがらめになっていた性は、やがて解放の時を迎える。
オーランドーは、しかしながら、女になっても恋愛の対象は女のままであった。これは一種の同性愛である。『オーランドー』の注によると、女性間の同性愛は、無秩序で危険で文明の再生産を止め崩壊させるものと考えられていたようである。
ところが、ヴァージニア・ウルフとも関連が深く、当時有名であったBloomsburyというサロン(?)では同性愛が開放されており、オーランドーは、結果的には、両性具有・同性愛であることによって性が規制していた精神から解放されるのである。

「性」が社会的・文化的な影響によって成立するということは、まったく目新しい説ではないが、『オーランドー』を中心にジェンダーの問題よく整理されており、今後の発展を期待させる発表であった。

氏の発表中、ジェンダーの問題から武田佐知子氏の『衣服で読み直す日本史』を思い出し、300年も生きていたオーランドーの生涯に「八百比丘尼」の話が脳裏によぎった。そして、このジェンダーのしがらみが、明治維新以後、現代にいたるまでいまだに解決されていない重要な問題であることに改めて気づいたのである。
ここで具体例を挙げて意見を述べることはしないが、いささか語り尽くされた感のあるジェンダーの問題は、いよいよもって深刻な状況に陥っているのが現実ではなかろうか。それを考える機会を与えられたことに、感謝したい。


他分野ということもあり少々不安であったが、参加してみると実に理解しやすい発表ばかりであったので安心した。研究方法に関しては同じ「文学」として参考になるところもあり、充実した研究発表であった。


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